Orime

I’m trying to quit tweeting

April 26, 2017

And I try to stop taking photo for Instagram.

Twitter をやめてみる

タイムラインを眺めるのは週末くらいにして、アカウントは消さないまでも自発的なポストは止めることにした。平日はほぼ触れないようにしてみている。

ツイッターのタイムラインで、自分が興味持ってる言語や開発プラットフォームに関しての新しい情報とか、新進気鋭のクリエイターの存在が自然と目に入ってくるのはいいことだと思う。RSSでは追えない情報を知るきっかけになっていた。今まで考えたことなかった面白い話題がポンと飛び込んでくるのは、いい刺激になっていたはず。

カラス
カラス

ただ、ほとんどのツイートはそうではないただの文字列で、ツイート主以外は意味を知り得ないものだったりする。そんなツイートで溢れるタイムラインを一日中眺め、自分の関心あるツイートを探す行為は疲れるし、それによって起きる不要な気づきやストレスが生活に悪影響を及ぼしているように感じて、一回やめてみようと思った。

気づくとTwitterのタイムライン往復してるのは、悪しき習慣だった。その時間が無駄は言い過ぎだとしても、その時間で本読むとか音楽聴くとか走るとか花育てるとかしたい。

ツイッターが内面を吐露するはけ口として機能してしまっていたのもやめたい理由の一つ。無駄口叩いてツイ消しするくらいなら、恋人に話すか日記に書いておいたほうがまだいい。

Instagram への写真投稿をやめてみる

そもそも写真って、どういう時に撮るんだっけ。 「あ、Instagramにアップしよう」と思ってカメラ起動することがままあって、その時はInstagram映えするように夢中で撮るけれど、そういうモチベーションで写真て撮るものなんだっけ。

…みたいなことを考えた末、Instagramへの写真投稿をしばらくやめてみようと思い至った。LIKE をもらいたいがために、Instagramのフィードに流したいがために写真を撮るのは、何か違う気がしている。 ふとiPhoneのカメラロールを見返して眺めている写真は、Instagramにあげていない写真ばかりだし。

自分が後で見返したくなるような写真を、ひたすら撮りたい。


ソーシャルデトックスという言葉ありましたね

このワード、一時期流行ってたと思う。僕がTwitterなどを控えるモチベーションを説明するにはふさわしい。 酸素も吸い過ぎれば毒になる。触れていることが当たり前になったソーシャルサービスとの関わり方を今一度見直して、コンントロールするのは大事だと思う。

ソーシャル毒(勝手に作った)に対する耐性は人それぞれだと思う。感化されやすく気にしいな自分は、積極的に距離をとった方が幸せになれそうな気がしている。

ちなみに、Facebook は前から意図的に使い方を制限していて、ストレス感じずに使えるようになった。Facebook の使い方としては特殊だと思うけれど、チェックしたい何人かを除いた全フレンドのフィード購読を切っている。だから、基本的にはウェブマガジンやニュースサイトの投稿しか流れてこない。ほとんどNewsbook。 たまに親しい人が結婚の報告を Facebook でしているのに気づけない、などという弊害は起きるが、直接聞ければいいかなと思ってそのままでいる。


本日のビデオ

WALK THE MOON - Shut Up and Dance

(Youtubeのコメント欄も時々ストレスに感じることがある。3人よらばソーシャル毒。あまり細かく見ないようにしている。)

diary

Updated: December 12, 2018